形式 キヤ92 (記号番号 キヤ92 1) キヤ92形式液体式試験デイーゼル動車
 1970年(昭和45年)に郡山工場においてキハ07形式を改造して誕生した試験ディーゼル動車である。本形式は電気検測試験車と呼ばれ、主に架線の各種測定に使用されるもので、ディーゼル動車にもかかわらずパンタグラフを有するところが外観上の最大の特徴となっている。改造当時は幹線の電化が急速に進みつつあり、このような試験車の登場が渇望された時期でもあり、1967年(昭和42年)には「集電検測委員会」が設置され、試験車に求める基本条件が策定された。その条件とは、1)架線測定以外に信号・通信関係の測定が出来ること。2)夜間及びき電停止時にも測定出来ること。3)単車走行が出来ること。4)トロリー線関連各種測定(摩耗量・偏位勾配変化等)及び集電支障物・電柱位置測定が出来、さらに集電状態の観測が出来ること。5)軌道回路の短絡電流・不平衡率やATSの特性などが測定出来ること。6)45〜75km/hで測定可能なこと、などがあげられており、測定装置類はすべて新しく開発されたものを搭載している。外観は種車のキハ07形式の特徴である流線形の全面形状などその面影をとどめているが、屋根上は大きく改造され、3台の測定用下枠交差形のパンタグラフが装備され、その部分のみ低屋根化されている。また前照灯は埋込式からシールドビームに変更された。他方の屋根上には架線観測用のドームが設置されている。室内は低圧測定室と高圧測定室とに分離されており、観測用モニタや各種記録計などが設置されている。床下には走行用としてDMH17Cディーゼル機関が搭載されるほか測定用としていすゞC221ディーゼル機関により電源を確保している。台車は当初種車時代とかわらずTR29であったが、後にDT19(従台車はTR49)に変更された。1976年(昭和51年)度にその役割をキヤ191系に譲り廃車され形式消滅した。なお廃車後は解体を免れ中央鉄道学園に長らく保管され教材として利用された。(2009.01更新)

キハ07(1両)───→キヤ92(1両)───→廃車(1両)

 

キヤ92 1

キヤ92 1
1983 中央鉄道学園
P:横山淳

キハ07形キハ07 205を昭和45年に郡山工場にて試験車に改造した。車歴は昭和27年に新潟鐵工所にて製造された三等ディーゼル動車42500形キハ42602を嚆矢とし、昭和28年にキハ42500形キハ42602へ改称された。その後昭和32年にキハ07形キハ07 103に改番され、昭和 37年に名古屋工場にて液体式化改造されキハ07形キハ07 205となった。幕板部に「電気検測試験車」の標記がある。昭和51年に廃車された。

2009.08更新

キヤ92 1の室内

キヤ92 1の室内
1982.08 中央鉄道学園
P:横山淳

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