| 1962年(昭和37年)から1965年(昭和40年)にかけて大井工場・吹田工場・浜松工場においてクハ16形から改造された救援制御車である。それまで救援車は買収車を充当していたが、本形式から標準設計車からの改造となった。28000 ・28004 は半室運転台式のクハ16形からの改造で、増設運転台も半室式となっている。屋根上と床下にパンタグラフとMGを搭載した。なおベンチレータは28000 のみガーランド式2列配置となっている。28001 ・28003 は全室運転台式のクハ16形からの改造車である。28003 のみはパンタグラフ・MGを搭載していない。28002 は身延線用として改造されたもので、山岳地区用のため前後位妻面に観音開きの大形扉が設置され、前照灯が増設された。車体外部の塗色は28004 のみ朱色1号、他はぶどう色2号である。1985年(昭和60年)に形式消滅した。(2008.11更新) |
クハ16(5両)───→クエ28000番代(5両)───→廃車(5両) |
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クエ28000 クハ16形クハ16408を昭和37年に大井工場にて改造した。車歴は大正11年に使用開始した日車支店製33750形サハ33811を嚆矢とし、昭和3年に25形サハ25121へ改番された。その後昭和11年に大井工場にて鋼体化改造され65形クハ65014となり、昭和28年に16形クハ16408に改番、昭和34年にクハ16形クハ16408に改称された。通風器はガーランド式2列配置である。昭和59年に廃車された。 2009.02更新 |
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クエ28000の室内 三鷹 P:川崎哲也氏 運転室は片隅式となっている。中央部に全長3mのジブクレーンが設置された。 2008.03作成 |
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クエ28001 クハ16形クハ16445を昭和37年に大井工場にて改造した。車歴は大正13年に使用開始された日本車輌製33550形サハ33585を嚆矢とし、昭和3年に26形サハ26011へ改番された。その後昭和7年に大井工場にて制御車化改造され17形クハ17040となり、昭和14年に大宮工場にて鋼体化改造され65形クハ65061となった。さらに昭和28年に16形クハ16445に改番、昭和34年にクハ16形クハ16445に改称された。写真は2-4位側を示す。昭和55年に廃車された。 2009.02更新 |
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クエ28002 クハ16形クハ16800を昭和38年に浜松工場にて改造した。車歴は大正11年に使用開始された日車支店製33750形サハ33791を嚆矢とし、昭和3年に25形サハ25101へ改番された。その後昭和12年に大井工場にて鋼体化改造され65形クハ65030となった。さらに昭和28年に16形クロハ16800に改番、昭和34年にクハ16形クハ16800に改称された。前後位側妻面に両開き扉が設置されている。昭和59年に廃車された。 2009.02更新 |
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クエ28003 クハ16形クハ16804を昭和38年に吹田工場にて改造した。車歴は大正14年に使用開始された汽車支店製33550形サハ33637を嚆矢とし、昭和3年に26形サハ26063へ改番された。その後昭和8年に大井工場にて制御車化改造され17形クハ17062となり、昭和14年に大井工場にて鋼体化改造され65形クハ65056となった。さらに昭和28年に16形クロハ16804に改番、昭和34年にクハ16形クハ16804に改称された。写真は1-3位側を示す。腰板部に「宮原電車区事故救援車」の標記がある。昭和60年に廃車された。 2009.02更新 |
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クエ28004 クハ16形クハ16417を昭和40年に吹田工場にて改造した。車歴は大正12年に使用開始した日車支店製43550形サハ43555を嚆矢とし、大正15年に大井工場にて33550形サハ33395へ改造された。さらに昭和3年に26形サハ26121へ改番された。その後昭和12年に大井工場にて鋼体化改造され65形クハ65025となり、さらに昭和28年に16形クハ16417に改番、昭和34年にクハ16形クハ16804に改称された。写真は1-3位側を示す。腰板部に「淀川電車区事故救援車」の標記がある。昭和60年に廃車された。 2009.02更新 |