形式 クエ2400 (記号番号 クエ9400・9401) クエ9400形式救援制御車
 1959年(昭和34年)の車両称号規程の改正により当時残存していた旧社形片運転台救援制御車を一形式に統合するため9130形式・9140形式を改番した。9400 の前歴は鶴見線の前身である鶴見臨海鉄道において1942年(昭和17年)に新潟鉄工所で製造した我が国初の4扉電車である。1957年(昭和32年)に吹田工場において救援制御車に改造され9130形式9131 となった。外観は車体長17メートルの片運転台で、ノーシル・ノーヘッダである。救援車化にあたって前位側から3番目の側引戸を両開きとして一部側窓を閉鎖した。室内は長手腰掛が撤去され機器収納棚が設置された。運転室は全室式である。一方、9401 の前歴は同じ鶴見臨海鉄道の1930年(昭和5年)に新潟鉄工所で製造した私鉄標準形3扉電車である。1957年(昭和32年)に吹田工場において救援制御車に改造され9140形式9140 となった。外観は車体長15メートルの片運転台で、救援車化にあたって中央の側引戸を両開きとし一部側窓を閉鎖した。室内は長手腰掛が撤去され機器収納棚が設置された。運転室はやはり全室式である。車体外部の塗色はぶどう色2号である。9400 は高槻区、9401 は明石区に配置されたが、1984年(昭和59年)までに廃車され形式消滅した。(2009.02更新)

1500(1両)→9140(1両)クエ9140(1両)─┬→クエ9400(2両)─→廃車(2両)
5520(2両)→9130(2両)→クエ9130(2両)─┤
                             └→クエ9420(1両)

 

クエ9400

クエ9400
1984.08 吹田工場
P:川崎哲也氏

1942年(新 潟)鶴見クハ262
1943年{買 収}クハ262
1953年{改 番}クハ5521
1957年(吹 田)クエ9131
1959年{改 番}クエ9131

1959年{改 番}クエ9400
1984年{廃 車}
クエ9401

クエ9401
1973.07 明石
P:田中景一氏

1930年(新 潟)鶴見モハ116
1943年{買 収}モハ116
1953年{改 番}モハ1502
1957年(吹 田)クエ9140
1959年{改 番}クエ9140

1959年{改 番}クエ9401
1983年{廃 車}
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