| 1959年(昭和34年)の車両称号規程の改正により当時残存していた旧社形両運転台救援制御車を一形式に統合するため9130形式・9160形式を改番した。その後1960年(昭和35年)にさらに9422 〜9424 が大井工場においてクハ5300形式・クモハ1510形式・クモハ2000形式から改造された。9420 ・9423 の前歴は鶴見線の前身である鶴見臨海鉄道、9421 ・9422 の前歴は宇部線・小野田線の前身である宇部鉄道、9424 の前歴は南武線の前身である南武鉄道からの買収車である。外観は車体長16メートル前後の両運転台で、車体中央部分に3,400mm(9421 は4,500mm)の機器搬入出用の両開き引戸が設置され、9421 はさらに前後位側両妻面にも観音開きの開戸が設置された。床下には動力電源用のMG・CPを搭載し、屋根上にはPS13パンタグラフを搭載(9420 を除く)した。室内は長手腰掛が撤去され機器収納棚、扱い荷重1トンのクレーンが設置された。車体外部の塗色はぶどう色2号である。1985年(昭和60年)までに廃車され形式消滅した。(2009.02更新) |
┌─→クエ9400(1両) 5520(2両)→9130(2両)→クエ9130(2両)┴┬→クエ9420(5両)─→廃車(5両) 5310(1両)→9160(1両)→クエ9160(1両)─┤ クハ5300(1両)─┤ クモハ1510(1両)─┤ クモハ2000(1両)─┘ |
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クエ9130(→クエ9420) 5520形クハ5520を昭和32年に大井工場にて救援制御車に改造した。車歴は昭和17年に新潟鉄工所にて製造された鶴見臨港鉄道クハ261を嚆矢とし、昭和18年に買収され260形クハ261となる。その後昭和28年の改番により5520形クハ5520となった。昭和34年にクエ9420形クエ9420へ改番された。写真は1-3位側を示す。昭和54年に廃車された。 2009.02作成 |
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クエ9421 1943年{買 収}デハニ350 1949年(* *)クハ350 1953年{改 番}クハ5310 1959年(大 井)クエ9160 1959年{改 番}クエ9160 1959年{改 番}クエ9421 1985年{廃 車} |
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(準備中)
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クエ9422 |
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クエ9423 クモハ1510形クモハ1510を昭和35年に大井工場にて救援制御車に改造した。車歴は昭和16年に川崎車輌にて製造された鶴見臨港鉄道モハ131を嚆矢とし、昭和18年に買収され130形モハ131となる。その後昭和28年の改番により1510形モハ1510となり、昭和34年の改番でクモハ1510形クモハ1510となった。写真は2-4位側を示す。昭和57年に廃車された。 2009.02更新 |
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クエ9424 1944年{買 収}モハ156 1953年{改 番}モハ2004 1959年{改 番}クモハ2004 1960年(大 井)クエ9424 1985年{廃 車} |