形式 クモヤ22 (記号番号 クモヤ22110〜22118) クモヤ22形式職用制御電動車
 1963年(昭和38年)から1966年(昭和41年)にかけて大船工場・浜松工場において改造したけん引用の職用制御電動車である。種車は30形式を中間電動車に改造したモハ10形式で9両が改造された。外観は車体長17メートルの両運転台で、改造内容としては前後位側に貫通式の全室運転台を新設し新形電車用の制御機器を搭載し、切換装置によって新旧いずれも制御電動車として機能する。このためジャンパ栓も新旧用計4個取付けられたが新形電車用電気ブレーキは作動しない。浜松工場施工は前後運位側転室の奥行きが長く、乗務員扉次位の側窓がすべて埋閉鎖された他は3344側のみ)。また22114 22115 は旧山用のモハ10形式のため全高が15mm低い。新設された運転台前面は前照灯が埋込まれ、窓はHゴム支持となりノーシル・ノーヘッダが特徴で、その後のけん引車の標準形態となった。室内は吊革が撤去されたが座席はそのまま残された。車体外部の塗色はぶどう色2号である。1987年(昭和62年)に1両がクモハ12形式に改造され形式消滅した。(2009.02更新)

モハ10(9両)───→クモヤ22110番代(9両)─┬─→クモハ12(1両)
                 
          └─→廃車   (8両)

 

(準備中)
クモヤ22110

クモヤ22111

クモヤ22111
1983.04 中原
P:川崎哲也氏

1927年(汽 支)デハ73330
1928年{改 番}モハ30132
1953年{改 番}モハ11050
1953年(豊 川)モハ10015
1959年{改 番}モハ10015
1964年(大 船)クモヤ22111
1983年{廃 車}

クモヤ22112

クモヤ22112
沼津
P:横山淳

1927年(汽 支)デハ73331
1928年{改 番}モハ30131
1953年{改 番}モハ11047
1954年(豊 川)モハ10016
1959年{改 番}モハ10016
1964年(浜 松)クモヤ22112
1987年(浜 松)クモハ12041
1987年{承 継}JR東海

クモヤ22113

クモヤ22113
1982.08 浜松工
P:川崎哲也氏

1927年(日 車)デハ73280
1928年{改 番}モハ30082
1953年{改 番}モハ11030
1954年(豊 川}モハ10017
1959年{改 番}モハ10017
1964年(浜 松)クモヤ22113
1987年{廃 車}

クモヤ22114

クモヤ22114
大船工
P:菊池孝和氏

1926年(日 車)デハ73248
1928年{改 番}モハ30050
1952年{改 番}モハ30500
1953年{改 番}モハ10000
1959年{改 番}モハ10000
1965年(大 船)クモヤ22114
1987年{廃 車}

クモヤ22115

クモヤ22115
1984.04 大船
P:横山淳

1928年(田 中)デハ73349
1928年{改 番}モハ30149
1952年{改 番}モハ30501
1953年{改 番}モハ10001
1959年{改 番}モハ10001
1965年(大 船)クモヤ22115
1987年{廃 車}

クモヤ22116

クモヤ22116
1977.12 品川
P:田中景一氏

1927年(日 車)デハ73289
1928年{改 番}モハ30089
1953年(大 井)モハ10006
1959年{改 番}モハ10006
1965年(浜 松)クモヤ22116
1980年{廃 車}

クモヤ22117

クモヤ22117
1974.09 吹田工
P:豊永泰太郎氏

1927年(汽 支)デハ73326
1928年{改 番}モハ30128
1953年(大 井)モハ10010
1959年{改 番}モハ10010
1966年(浜 松)クモヤ22117
1981年{廃 車}

クモヤ22118

クモヤ22118
1977.11 大垣
P:豊永泰太郎氏

1928年(川 崎)モハ30158
1953年(大 井)モハ10053
1959年{改 番}モハ10053
1966年(浜 松)クモヤ22118
1987年{廃 車}

(準備中)
クモヤ22119

(準備中)

クモヤ22120

 

inserted by FC2 system