形式 エ770 (記号番号 エ770〜786) エ770形式救援車
 1953年(昭和28年)の車両称号規程の改正により客車に分類されていた2軸救援車150形式を貨車に編入して誕生した形式で、換算両数が0.6のものをまとめたものである。いわゆる「マッチ箱」と呼ばれる古典2軸客車を種車にしたもので、比較的原形をよくとどめている。車体の塗色は黒で、多くは白帯が窓下に巻かれている。1958年(昭和33年)度に形式消滅した。(2009.05更新)

150(17両)───→エ770(17両)───→廃車(17両)

 

エ770

エ770
茅ヶ崎
P:鈴木靖人氏

150形ヤ152を昭和28年に貨車へ編入の上改番した。車歴は明治26年から明治30年に三田製作所にて製造された参宮鉄道に26を嚆矢とし、国有化に伴い明治44年の改番により2353形ハ2377となる。大正8年に鷹取工場にて4830形ユニ4833に改造され、さらに昭和10年に長野工場おいて救援車へ改造され150形ヤ152となった。写真は1-3位側を示す。屋根上にはトルペード形通風器が並んでいる。自重は10.0t。昭和28年に廃車された。

2008.03更新

エ771

エ771
1954.10 甲府
P:佐竹保雄氏

150形ヤ153を昭和28年に貨車へ編入の上改番した。車歴は明治36年に汽車会社にて製造された参宮鉄道は51を嚆矢とし、国有化に伴い明治44年の改番により2353形ハ2395となる。大正8年に鷹取工場にて4860形ユニ4864に改造され、さらに昭和10年に長野工場おいて救援車へ改造され150形ヤ153となった。屋根は二重屋根である。側板には「東」・「甲府機関区」の標記があり白帯が巻かれている。昭和31年に廃車された。

2009.01作成

(準備中)
エ772
(準備中)
エ773
エ774

エ774
1955.04 会津若松
P:佐竹保雄氏

150形ヤ157を昭和28年に貨車へ編入の上改番した。車歴は明治38年に新橋工場にて製造された鉄道作業局ユブ23を嚆矢とし、明治44年の改番により3797形ユニ3809となる。さらに昭和10年に盛岡工場おいて救援車へ改造され150形ヤ157となった。側板には「救援車」の標記がある。昭和33年に廃車された。

2009.01作成

エ775

エ775
1957.07 柏崎
P:堀越和正氏

(準備中)
エ776
(準備中)
エ777
(準備中)
エ778
(準備中)
エ779
(準備中)

エ780

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