| 1953年(昭和28年)の車両称号規程の改正によって誕生した形式で、保健車にあたります。もともとはその特徴ある半流形の外観からもわかるように気動車でした。国鉄津山・吉備線の前身にあたる中国鉄道を1944年(昭和19年)に買収したときに引き継いだ18両の気動車のうちの1両です。当時の形式はキハニ190(190)で、1937年(昭和12年)に日本車輌で製造された定員110人、機関出力85ps/rpmのW-6RBを搭載したガソリン車でした。国鉄買収後も改番されずそのまま使用されましたが、まもなく燃料統制のため休車となりました。多くの仲間が地方私鉄に払い下げられましたが、本車は1949年(昭和24年)東洋レーヨンにおいて保健車に改造されてコヤ6680となり、前述の再改番により本形式となったものです。外観は国鉄キハ41000に酷似しています。室内は大幅に改造され、前位より待合室・薬局室・診察室・レントゲン室・寝室・調理室となっていて、後位車端は便所・洗面所が設置されています。レントゲン室屋根上には水槽が設置され、寝室の寝台は2段式が2組で構成される個室となっています。長い間釧路に配属され道内職員の診療にあたりましたが、老朽化のため1968年(昭和43年)に廃車され形式消滅しました。 |
コヤ6680(1両)───→コヤ2600(1両)───→廃車(1両) |
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コヤ2600 1937年(日 車)中国鉄道キハニ190 |
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コヤ2600の室内 |