| 1953年(昭和28年)の車両称号規程の改正により6610形式を改番して誕生した形式で、職用車にあたる。この車両の経歴はもともと1911年(明治44年)に当時の皇太子殿下(後の大正天皇)の北海道行啓に際し札幌工場において製造されたお召用の車両である。外観は二重屋根で、水雷形ベンチレータを備え、窓は下降式二重窓構造、両デッキ式で車体中央部側窓1カ所が広窓となっており、腰板中央部に金色の菊花御紋章が付いていた。車内は車体中央部が御座所、その横に便所・洗面所があり、両側が供奉室となっていて長手腰掛が置かれていた。また内部は北海道産のなら材を使用、ニス塗りが施され彫刻などで細工されていた。床は御座所が絨毯敷きで、他はリノリューム張りである。お召列車に使用された後は特別車として5015形式となったが、1917年(大正6年)に苗穂工場において職用車に改造された。この時に一方の出入口がオープンデッキ式に改造され、中央旧御座所部分の窓が狭窓2枚となり、2位側露台寄り3個目の窓が出窓式に改造されている。室内は旧御座所に4人用寝台にもなる長手腰掛が設置され、旧供奉室の腰掛は撤去され事務室・車掌室・棚などが設置された。その後1928年(昭和3年)の形式称号改正により6610形式となった。晩年は運転競技会などに使用され、ずっと北海道内で使用されたが、1956年(昭和31年)に廃車され形式消滅した。(2008.12更新) |
6610(1両)───→6810(1両)───→廃車(1両) |
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コヤ6810 1955.09 旭川 P:佐竹保雄氏 6610形コヤ6610を昭和28年に改番した。車歴は明治44年に札幌工場にて製造されたお召用車を嚆矢とし、その後特別車として5015形ホトク5015となる。大正6年に苗穂工場にて職用車に改造され5015形ホヤ5015となった。大正13年に5015形コヤ5015へ改称され、さらに昭和3年に6610形コヤ6610へ改番された。写真は2-4位側を示す。職用車改造の際前位側に露台が設置されている。2位側側面に出窓が確認出来る。自重は21.20t。昭和31年に廃車された。 2008.03更新 |