| 1953年(昭和28年)の車両称号規程の改正で19900形式・19920形式・19980形式を改番して誕生した形式で木製中形3軸ボギー救援車にあたる。その後1954年(昭和29年)に19500形式・19650形式から3両が編入された。屋根は二重屋根構造で、台車はTR71系を履いている。車体塗色はぶどう色1号である。1956年(昭和31年)にオハフ61形式に1両が改造、29900形式に1両が編入されたが、残りは次第に淘汰され1957年(昭和32年)に形式消滅した。(2008.12更新) |
19500 (1両)─┬─→19900(32両)─┬─→オハフ61(1両) 19650 (2両)─┤ ├─→29900(1両) 19900(10両)─┤ └─→廃車 (30両) 19920 (1両)─┤ 19980(18両)─┘ |
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(準備中)
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オエ19900 |
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オエ19901 19900形オヤ19901を昭和28年に改番した。車歴は明治45年大宮工場製10150形スシ10151を嚆矢とし、さらに大正13年に10150形オシ10151へ改番、昭和3年に17730形オシ17731へ改番された。その後昭和4年に大井工場にて19400形スユニ19401へ改造され、昭和26年度に松任工場にて救援車へ改造され19900形オヤ19901となった。写真は1-3位側を示す。昭和31年に廃車された。 2008.01更新 |
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オエ19902(振替) 19900形オヤ19902を昭和28年に改番した。車歴は大正8年大井工場製28580形スロネフ28581を嚆矢とし、大正13年に28580形オロネフ28581へ改番、その後昭和3年に17550形スロネフ17558へ改番された。昭和7年に小倉工場にて18900形スハフ18909へ格下げ改造され、さらに昭和16年に西鹿児島工場にて18970形スハフ18973へ戦時改造された。昭和26年度に救援車へ改造され19900形オヤ19902となった。写真は29500形マニ29514へ振替えられている。腰板中央部には「鳥栖客貨車区救援車」の標記がある。自重は32.56t。昭和31年に29900形スエ29907へ改番された。 2008.01更新 |
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オエ19903(振替) 19900形オヤ19903を昭和28年に改番した。車歴は大正2年新橋工場製10030形スイネ10030を嚆矢とし、大正13年に10030形オイネ10030へ改番、さらに昭和3年に17100形スイネ17105へ改番された。昭和4年に大宮工場にて18290形オロハ18293へ改造され、その後18000形オハ18041へ格下げ改造された。昭和26年度に救援車へ改造され19900形オヤ19903となった。写真は2軸ボギー車へ振替えられており、事故廃車された26500形マニ26530又はマニ26532との説がある。腰板中央部には「松任工場非常車」の標記がある。昭和31年に日本車輌にてオハフ61形オハフ61 794へ鋼体化改造された。 2008.04更新 |
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オエ19904 19980形オヤ19980を昭和28年に改番した。車歴は大正3年神戸工場製10105形スロネフ10106を嚆矢とし、大正13年に10105形オロネフ10106へ改番、その後昭和3年に17520形オロネフ17521へ改番された。昭和4年に鷹取工場にて郵便車に改造され19200形マユ19201となる。さらに昭和24年に救援車へ改造され19980形オヤ19980となった。旧寝台車のため屋根は丸屋根構造である。引戸が1ヶ所閉鎖されている。昭和32年に廃車された。 2008.04作成 |
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(準備中)
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オエ19905 |
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(準備中)
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オエ19906 |
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(準備中)
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オエ19907 |
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(準備中)
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オエ19908 |
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オエ19909 1919年(大 井)オシ28651 |