| 1953年(昭和28年)の車両称号規程の改正によって9970形式を改番した教習車である。その嚆矢は戦前の鉄道雑誌に「或る列車」と題して紹介された豪華5両編成の1両にあたる。国有化前に九州鉄道が特急列車運転のため米国ブリル社に発注した5両は、結局国有化後の1908年(明治41年)に到着、新橋工場において組み立てられた。本車はその内の2等車ブオロ1形式を前身とする。国有化後9360形式として外国貴賓客用などに使用されたが、当時としては車体規格が大きく、1編成しかないことから運用上も支障があり休車状態となった。大正10年代に入り客車の制動装置が従来の真空ブレーキから空気ブレーキへ転換されることが決定され、その職員養成用の教習車として本車が選ばれ、1923年(大正12年)に9030形式教習車へ改造、さらに1928年(昭和3年)の車両称号規程の改正によって9970形式に改番された。外観は種車時代の面影をよく残しており、出入り扉や窓上のくし形の側窓造形が特徴的である。台車は馬蹄形軸箱守を持ったブリル社製3軸ボギーを履いている。室内は豪華な調度品が撤去された上で制動関係の機器類が置かれ、その構造が理解しやすい配列となっていた。戦中戦後は室内機器が撤去されて、3等車代用として使用されていたことから、9840形式への改番時にはすでに教習車として機能はなかったが、当時の功績をたたえるためにあえて教習車に指定された。車体外部の塗色はぶどう色1号である。晩年は配給車代用として使用されたが、1956年(昭和31年)に廃車され形式消滅した。(2008.12更新) |
9970(1両)───→9840(1両)───→廃車(1両) |
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オヤ9840 1908年(ブリル)局ブオロ1 |