形式 29900 (記号番号 スエ29900〜29907) 29900形式救援客車
 1953年(昭和28年)の車両称号規程の改正で28950形式を改番して誕生した救援車である。その後1956年(昭和31年)に17100形式・19900形式から各1両が編入された。外観は、屋根が二重屋根構造で、台車はTR71系を履いている。前歴を辿ればかつて東海道線特別急行1・2列車や3・4列車に使用された車両である。車体塗色はぶどう色1号またはぶどう色2号である。1965年(昭和40年)に形式消滅した。(2008.12更新)

17100(1両)─┬─→29900(8両)───→廃車(8両)
19900(1両)─┤
28950(6両)─┘

 

スエ29900

スエ29900
P:鈴木靖人氏

1925年(日 車)29500(スハフ29507)
1928年{改 番}28800(スハフ28807)
1938年(後 藤)28900(スハニ28906)
1949年(鷹 取)28950(スヤ28950)

1953年{改 番}29900(スエ29900)
1962年{廃 車}

(準備中)
スエ29901
スエ29902

スエ29902
1955.09 奈良
P:筏井満喜夫氏

28950形スヤ28952を昭和28年に改番した。車歴は大正14年日車支店製29300形スハ29318を嚆矢とし、昭和3年に28400形スハ28400へ改番され、さらに昭和12年に鷹取工場にて28400形スヘ28418へ改造された。その後28450形スヘ28451へ改造され、昭和23年に小倉工場にて28900形スハニ28920へ改造された。昭和28年に吹田工場にて救援車へ改造され28950形スヤ28952となった。昭和39年に廃車された。

2008.01更新

スエ29903
スエ29903
1956.03 新津
P:佐竹保雄氏

28950形スヤ28953を昭和28年に改番した。車歴は大正11年大井工場製28100形スイネ28109を嚆矢とし、昭和2年に大井工場にて緩急車化改造され28260形スイネフ28264となった。昭和3年に27200形スイネフ27204へ改番され、さらに昭和6年に大井工場にて29000形マユニ29009へ改造された。その後昭和27年に松任工場にて救援車へ改造され28950形スヤ28953となった。昭和38年に廃車された。

2008.01更新

スエ29904

スエ29904
1956.04 早岐
P:佐竹保雄氏

28950形スヤ28954を昭和28年に改番した。車歴は大正12年大井工場製28120形スイネ28120を嚆矢とし、昭和3年に27150形スイネ27150へ改番された。さらに昭和8年に大井工場にて29500形マニ29505へ改造された。その後昭和27年に小倉工場にて救援車へ改造され28950形スヤ28954となった。腰板中央部には「早岐機関区救援車」の標記がある。昭和40年に廃車された。

2008.01更新

スエ29905

スエ29905
鳥栖
P:葛英一氏

28950形スヤ28955を昭和28年に改番した。車歴は大正12年大井工場製28120形スイネ28121を嚆矢とし、昭和3年に27150形スイネ27151へ改番された。さらに昭和8年に大井工場にて29500形マニ29506へ改造された。その後昭和27年に小倉工場にて救援車へ改造され28950形スヤ28955となった。腰板中央部には「鳥栖機関区救援車」の標記がある。昭和38年に廃車された。

2008.01更新

スエ29906

スエ29906(振替)
1958.03 門司
P:筏井満喜夫氏

17100形ナエ17113を昭和31年に改番した。しかし17100形は木製中形2軸ボギー救援車であり、現車は昭和30年に廃車された29500形マニ29503へ振替えられていたと思われる。腰板中央部には「門司機関区救援車」の標記がある。自重は22.70t。昭和40年に廃車された。

2008.05更新

(準備中)

スエ29907

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