| 1951年(昭和26年)に五稜郭工場においてラジオ車として特別軍用客車に指定されていたオミ30形式から改造された保健車である。1952年(昭和27年)には約300万円の費用をかけて改造され、外観は二重屋根構造で片デッキ、両開き扉が1カ所設けられている。室内は前位側から便所・暗室・レントゲン室・視力検査場・薬剤室・診察室・寝室・調理室などで構成され、視力検査場・診療室・調理室にはそれぞれストーブが設置された。種車となったオミ30形式はもともと荷物車であるマニ31形式を接収の上改造した病院車オシ30形式を再改造したものである。台枠はUF21で、台車はTR23を履く。車体外部の塗色はぶどう色1号である。1953年(昭和28年)度には形式変更はせずに試験車に改造されたが、1961年(昭和36年)度に再び保健車に再改造され復活した。車体外部の塗色はぶどう色2号である。その後1965年(昭和40年)にスエ31形式に改造され形式消滅した。(2008.12更新) |
オミ30(1両)→オヤ33保(1両)→オヤ33試(1両)→オヤ33保(1両)→スエ31(1両) |
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(準備中)
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オヤ33 1 オミ30形オミ30 41を昭和26年に五稜郭工場で改造した。車歴は昭和6年梅鉢鉄工所製36700形マニ36705を嚆矢とし、昭和16年にマニ31形マニ31 6へ改番された。戦後特別軍用客車に指定され、昭和20年に大宮工場にて病院車としてオシ30形オシ30 1へ改造された。さらに昭和24年に大井工場にてラジオ車としてスミ30形スミ30 41へ改造され、同年オミ30形オミ30 41へ改称された。昭和28年度に試験車へ改造されたが、昭和36年度に保健車に復活している。自重は30.70t。昭和40年に旭川工場にてスエ31形スエ31 5へ改造された。 2008.03作成 |