形式 オヤ35 (記号番号 オヤ35 1・2) オヤ35形式職用客車
 1962年(昭和37年)に幡生工場においてスロハフ30形式を改造して誕生した職用車である。同年広島電化開業にともない登場した急行「宮島」は153系を使用して運用されることとなったが、当初の編成は他の急行と共通運用が組まれたこおにより6M6Tで構成された。しかしこの編成では出力不足のため、瀬野-八本松間の上り線25‰(パーミル)勾配を自力で走行することが出来ないため、EF61形式直流電気機関車で推進されることとなり、その控車として本車が2両誕生した。外観・室内とも種車時代と大きな変化はなく、二重屋根となっている。153系と連結するため一方が密着連結器に交換され、車体外部の塗色も黄かん色と緑2号のいわゆる湘南色となった。1964年(昭和39年)の山陽本線全線電化開業時に誕生した急行「関門」にも使用されたが、1968年(昭和43年)のダイヤ改正により、サロ・サハシを各1両減車して10両編成となったことで自力走行が可能となったことから不要となり、1971年(昭和46年)に区分消滅した。(2009.01更新)

スロハフ30(2両)───→オヤ350番代(2両)───→廃車(2両)

 

オヤ35 1

オヤ35 1

P:鈴木靖人氏

1931年(田 中)スロハフ31705
1941年{改 番}スロハフ30 6
1962年(幡 生)オヤ35 1
1971年{廃 車}
オヤ35 2

オヤ35 2
1968.01 広島
P:江本廣一氏

1932年(日 車)スロハフ31712
1941年{改 番}スロハフ30 13
1962年(幡 生)オヤ35 2
1969年{廃 車}

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