| 1963年(昭和38年)から1974年(昭和49年)にかけて新津工場・鹿児島工場・小倉工場・後藤工場・土崎工場・旭川工場・五稜郭工場・高砂工場・盛岡工場・幡生工場・大宮工場・名古屋工場・多度津工場・長野工場において鋼製20メートル車のスハ32形式・スハフ32形式・オハフ52形式・スハユ30形式・スハニ31形式・スハニ32形式・マユ35形式・マユニ31形式・マニ31形式・マニ32形式・マニ35形式・オヤ33形式を種車に救援車に改造したものである。外観は窓や扉が埋められたものや、側扉が増設されたものなど多種多様となっている。ベンチレータも一部撤去されている。車体塗色はぶどう色2号である。7 〜10 はマニ31形式から改造されたものだが、一時的にスエ32形式とした後すぐに編入されたものである。しかし特に外観上の差異は見られない。17 は書類上と異なり現車は17mの戦災復旧車スニ75形式に振替えられている。64 と65 は書類上と実車とでは種車が振替えられている。69 は唯一、山岳線用として妻面が大きく開閉可能となっており作業用照明灯も設置された。なお180 だけ番号が飛んでいるが、これは100番代の車両をさけるため80番以降の車両に100を加えたものである。全国各地に配置されていたが、1987年(昭和62年)に形式消滅した。(2008.12更新) |
スハ32 (1両)─┬─→スエ310番代(87両)───→廃車(87両) スハフ32(18両)─┤ オハフ52 (1両)─┤ スハユ30 (1両)─┤ スハニ31 (1両)─┤ スハニ32 (2両)─┤ マユ35 (9両)─┤ マユニ31 (4両)─┤ マニ31 (12両)─┤ マニ32 (28両)─┤ マニ35 (9両)─┤ オヤ33 (1両)─┘ |
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スエ31 1 1941年{改 番}マニ31 3 1962年(後 藤)スエ31 1 1968年{廃 車} |
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スエ31 2 1941年{改 番}マニ31 8 1962年(幡 生)スエ31 2 1986年{廃 車} |
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スエ31 3 1941年{改 番}スハユ30 5 1964年(旭 川)スエ31 3 1979年{廃 車} |
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スエ31 4 1941年{改 番}スハニ31 20 1946年(小 倉)スロニ31 7 1955年(大 宮)スハニ31 20 1963年(五稜郭)スエ31 4 1975年{廃 車} |
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(準備中)
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スエ31 5 |
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(準備中)
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スエ31 6 |
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スエ31 7 1941年{改 番}マニ31 12 1966年(大 宮)スエ32 4 1966年{改 番}スエ31 7 1975年{廃 車} |
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スエ31 8 1941年{改 番}マニ31 23 1959年(大 宮)マニ31 2023 1966年(大 宮)スエ32 5 1966年{改 番}スエ31 8 1983年{廃 車} |
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(準備中)
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スエ31 9 |
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スエ31 10 1941年{改 番}マニ31 50 1966年(大 宮)スエ32 7 1966年{改 番}スエ31 10 1983年{廃 車} |