| 1953年(昭和28年)に旭川工場において特別職用車スヤ51形式を改造して誕生した試験車である。屋根は1 が二重屋根、2 は丸屋根構造となっている。共に特別職用車時代に前位側へ設置された密閉式の展望室構造を残している。室内は特に部屋割りに変更もなく、必要に応じて試験機材を搭載し使用されたものと思われる。台枠はUF21で、台車はTR23を履く。車体外部の塗色はぶどう色1号である。1961年(昭和36年)に1 が保健車へ改造され、その後2 も同様に改造されたことから形式消滅した。(2008.12更新) |
スヤ51(2両)───→スヤ32試(2両)───→スヤ32保(2両) |
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スヤ32 1 特別職用車であるスヤ51形スヤ51 18を昭和28年に旭川工場にて改造した。車歴は昭和5年汽車支店製32600形スハ32702を嚆矢とし、昭和16年の改番によりスハ32形スハ32 103となる。戦後特別軍用客車に指定され、昭和21年に名古屋工場にてクラブ車としてオイ31形オイ31 15へ改造された。さらに昭和22年に盛岡工場にてオイネ31形オイネ31 51へ再改造された。昭和24年に接収解除され、翌年五稜郭工場にて特別職用車へ改造、スヤ51形スヤ51 18となった。写真は1-3位側を示す。昭和36年に五稜郭工場にて保健車へ改造された。 2008.11作成 |
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スヤ32 1 特別職用車であるスヤ51形スヤ51 19を昭和28年に旭川工場にて改造した。車歴は昭和12年汽車支店製32800形スハ32919を嚆矢とし、昭和16年の改番によりスハ32形スハ32 256となる。戦後炭鉱調査団専用車とされ、昭和23年に大宮工場にてスイネ34形スイネ34 1となる。その後返還され昭和25年に旭川工場にてスヤ34形スヤ34 1へ改造された。昭和26年に五稜郭工場にて特別職用車へ改造、スヤ51形スヤ51 19となった。写真は1-3位側を示す。昭和36年以降に保健車へ改造された。 2008.11作成 |